世界の名画特集 日本編 海外編

古来より伝わってきた日本、そして世界の名画を壁紙としてラインナップした「世界の名画特集」。
色褪せることのない本物の重みと歴史を、あなたのインテリアへ。
(オリジナル壁紙・インテリアアイテム・ガラス装飾フィルムに展開可能)

京友禅壁紙プロジェクト

尾形光琳(1685年-1716年7月20日)

江戸時代中期を代表する画家のひとりである。 主に京都の富裕な町衆を顧客とし、王朝時代の古典を学びつつ、明快で装飾的な作品を残した。
その非凡な意匠感覚は「光琳模様」という言葉を生み、現代に至るまで日本の絵画、工芸、意匠などに与えた影響は大きい。
画風は大和絵風を基調にしつつ、晩年には水墨画の作品もある。

俵屋宗雪(生没年不詳)

江戸時代初期の琳派の画家である。俵屋宗達の後継者で、その弟とも弟子とも言われるが定かでない。
宗達存命中は、工房を代表する画工の一人だったと考えられる。宗達没後は、工房印「伊年」を継承し自作に用いたため、宗達と混同される場合が多い。
寛永末年頃金沢に下り,前田家の御用絵師として活躍。

葛飾北斎(1760年10月31日?-1849年5月10日)

江戸時代中期-後期の浮世絵師。勝川春章に入門し、勝川春朗と号して役者絵を発表。のち狩野(かのう)派、住吉派、琳派、さらに洋風銅版画の画法をとりいれ独自の画風を確立。70年間にわたり旺盛な作画活動をつづけ、画域は風景・花鳥・美人・戯画とひろく、錦絵、版本挿絵、肉筆画にすぐれた作品をのこした。奇行で知られ、生涯に93回も引っ越しをした。各地から望む富士を描いた「富嶽三十六景」が有名。
ゴッホやモネら海外の画家にも影響を与えたとされる。衣食などに頓着せず、散らかった部屋で作画ざんまいの暮らしだったといわれている。

横山大観(1868年11月2日-1958年2月26日)

明治-昭和時代の日本画家。名は秀麿。岡倉天心・橋本雅邦に学ぶ。天心の日本美術院創立に参加、また日本美術院を再興し中心作家として活躍。
明治・大正・昭和の三代にわたり第一線で日本画を革新し続けた。
文展審査員・帝室技芸員・帝国美術院会員。朝日文化賞受賞。文化功労者。文化勲章受章。

酒井抱一(1761年8月1日-1829年1月4日)

江戸後期の画家・俳人。本名忠因(ただなお)、抱一は号。姫路城主酒井忠以(ただざね)の弟で、江戸生れ。37歳のとき西本願寺で出家、権大僧都となったがすぐ隠退し、下谷根岸に雨華庵を営んで書画・俳諧に親しんだ。絵は狩野派をはじめ諸派に学んだのち、尾形光琳に私淑。琳派のもつ日本的な装飾画の中に繊細な感覚をもりこんだ画風で、代表作は《夏秋草図屏風》。

作者不明

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レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年4月15日-1519年5月2日(ユリウス暦))

イタリアのルネサンス期を代表する芸術家。音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、 物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野に顕著な業績と手稿を残した。容貌にも優れ美男子であったという。
「飽くなき探究心」と「尽きることのない独創性」を兼ね備えた人物といい、日本の美術史では「万能の天才」といわれている。
史上最高の呼び声高い画家の一人であるとともに、人類史上もっとも多才の呼び声も高い人物である。

クロード・モネ(1840年11月14日-1926年12月5日)

印象派を代表するフランスの画家。戸外風景を描いた作品が主要であるが、人物画や室内画、静物画なども残すほか、「積みわら」「ポプラ樹」「ルーアン大聖堂」「睡蓮」など画家の代表作となる連作的作品も多く残している。晩年は、視力低下と白内障を患い、 一時的に作品制作の意欲が著しく衰えるも手術で回復し、最後の大作『睡蓮』の大壁画を手がけた。

ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841年2月25日-1919年12月3日)

フランスの印象派の画家。後に独自の画風を確立。陶器の絵付け職人としてスタートしたが、その職を失い画家に転身しモネやピサロらとともに19世紀後半の前衛芸術運動である印象派の中心的メンバーとなる。女性の美を追求し肖像画で独自の境地を拓いた。
日本をはじめフランス国外でも人気の高い画家である。晩年は関節性リュウマチ炎を患い、手足が麻痺しながらも死の間際まで筆を執り続けた。

フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ(1853年3月30日-1890年7月29日)

オランダのポスト印象派の画家。主要作品の多くは1886年以降のフランス居住時代、特にアルル時代(1888年-1889年5月)とサン=レミでの療養時代(1889年5月-1890年5月)に制作された。感情の率直な表現、大胆な色使いで知られ、ポスト印象派を代表する画家である。
フォーヴィスムやドイツ表現主義など、20世紀の美術にも大きな影響を及ぼした。

ジャン=フランソワ・ミレー(1814年10月4日-1875年1月20日)

19世紀のフランスの画家。バルビゾン派の代表的画家の1人とされ、特に農民画で知られる。写実スタイルで崇高に描いている農民画は、フランスよりもプロテスタンティズムが強いアメリカやニューイングランド地方で高い評価を受けた。貧しい農夫婦がジャガイモを前に祈りを捧げる姿を描いた代表作の《晩鐘》は、アメリカ市民の間で人気が高く、複製品が多くのアメリカ家庭で飾られた。ミレーの作品の影響を最も強く受けたのはファン・ゴッホであるが、そのほかにも印象派や20世紀の画家がミレーを高く評価し、一定の影響を受けている。

アルフレッド・シスレー(1839年10月30日-1899年1月29日)

フランス生まれのイギリス人の画家。印象派を代表する画家のひとり。他の印象派の画家たちのような強烈な個性は示さないものの、戸外制作による光と色彩豊かな(連作的な)都市や農村、河辺、田園などの風景画を生涯にかけて描き、バティニョール派(後の印象派)の中で確固たる地位を確立。
穏健で控えめな性格ゆえ積極的な売り込みはおこなえず、経済的に困窮していた。しかしカミーユ・ピサロを始めとした同派の画家らも認めるよう、シスレーは確かな技術と豊かな感受性・才能に恵まれており、モネやルノワールには及ばないものの晩年には高い評価を得ている。

カミーユ・ピサロ(1830年7月10日-1903年11月13日)

19世紀フランスの印象派の画家。19世紀フランスの印象派における最年長者として活躍した。温厚な性格でゴッホやセザンヌらの後輩画家達に慕われていたという。作風としては、初期は豊かな色彩に大胆な筆致を残した農村風景画を数多く描いていたが、50代に入ると人物画に力を入れ始め、点描表現を取り入れた新印象主義の技法を試すなど試行錯誤を繰り返しながら、生涯で1,300点を超える油彩画を残した。

フランソワ・ブーシェ(1703年9月29日-1770年5月30日)

フランスの画家、素描家、エッチング製作者。ロココを代表する画家であり、上流社会の肖像画や神話画などを描いた。多作家として知られ、生涯に1000点以上の絵画、少なくとも200点の版画、約10000点の素描を制作し、壁画装飾、タピスリーや磁器の下絵制作、舞台デザインの仕事をこなした。
18世紀フランスの美術愛好家ピエール゠ジャン・マリエットはブーシェの才能を高く評価し、「筆を手にして生まれた」、すなわち画家となるべく運命づけられた人間で、「我らがフランス画派にとっての大いなる名誉」であると絶賛している。

ヨハネス・フェルメール(1632年10月31日?-1675年12月15日?)

ネーデルラント連邦共和国(オランダ)の画家で、バロック期を代表する画家の1人である。映像のような写実的な手法と綿密な空間構成そして光による巧みな質感表現を特徴とする。シュールレアリスムの画家、サルバドール・ダリがフェルメールの作品を、大絶賛していたことは有名なエピソードの一つ。
現存する作品点数は、研究者によって異同はあるものの、33-36点と少ない。このほか記録にのみ残っている作品が少なくとも10点はある。

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