バラと聞くと真っ先に思いつくのは「愛」という言葉かもしれません。
愛の告白に赤いバラの花というイメージは、数々の歌に歌われ、また絵画では色々な愛の場面にバラが描かれ、それはまさに人間の歴史と共に歩んできた花と言っても過言ではありません。
このバラのイメージの元になったのはギリシャ・ローマ神話でのバラの誕生にまつわる物語ではないでしょうか。
バラの誕生には諸説ありますが、最も広く知られたものに、愛の女神アフロディーテ(ヴィーナス)が海の泡から生まれ出た時に一緒に生まれたという説が伝わっています。
また、ヴィーナスがお気に入りの美少年アドニスを、イノシシに姿を変えた愛人の軍神マルスに殺されてしまったのですが、瀕死のアドニスの元に駆け寄る際に足元のバラの棘で怪我をした血でバラが赤く染まったとも言われています。
もちろん神話の世界のお話ですが、愛の女神と一緒に生まれたと最初から定義されているところがもう既にこの花の運命を決めていると言ってもいいでしょう。
現代の私たちが目にしているのは、ほとんどが病虫害に強く色や形も多様な現代バラですが、アフロディーテと一緒に生まれたと言われているバラは、ひとえで可憐な原種の白いバラと考えて良いでしょう。
バラは大別してヨーロッパ、中近東、アフリカ北部、中国などが原産と言われています。
諸説ありますが、基本的にハマナスがバラの原型です。
現代バラのように華やかな色の花弁が重なっている豪華な姿ではなく、花弁がひとえの可憐で愛らしい花です。
ここに中国のコウシンバラという花弁が重なっているバラが混じり合ったことで、今日私たちが目にする花弁が幾重にも重なるバラが出来上がりました。
イチゴ、サクランボ、ウメ、アンズ、ビワ、モモ、ナシ、リンゴ、ネクタリン、カリン、マルメロ…
ざっと挙げただけでもこれだけのフルーツがバラの親戚です。
人気のあるフルーツはほとんどがバラ科といっても過言ではありません。
美と愛、性愛の守護神であるアフロディーテ(ヴィーナス)の花とされたバラですが、意外なことに、なんだか真面目そうに見えるキリスト教の世界でも象徴的な意味を持っています。
アダムとイヴがエデンの園で知恵の実を食べてしまったことにより、エデンの園を追放されるのは有名な話ですが、その際にアダムは一生の労働を罪として課され、イヴは苦しみの中母となる罪を課されます。
また、神がそのような罰を与えた時に、それまで棘がなかったエデンの園のバラに、棘が生えたとされています。
アダムとイヴの原罪に対して、聖母マリアの無原罪の宿り(処女懐胎)の象徴として、棘のないバラが純潔や清純さと結び付けられて聖母のシンボルとなりました。
聖母マリアの象徴として有名なのはユリですが、実はバラもマリア様のシンボルとして扱われることがあります。
もしどこかでマリア様とバラが描かれた絵を見る機会があったなら、ぜひそのバラに棘があるかないかご覧になって下さい。きっと描かれていないはずです。
アロマテラピーでも証明されているように、バラには人に有効な香りの成分が多く含まれています。19世紀以前のバラは、今ほど華やかな外見ではありませんでしたが、その香りの素晴らしさは権力者をも虜にしたようです。
エジプトではクレオパトラがカエサルを迎えるパーティーで、全員にバラの冠を被らせて彼の心を射止め。エジプトの王権を認めさせました。
カエサルがローマで暗殺された後も、エジプトに派遣されたアントニウスを床にバラを敷き詰めて迎えて彼の心を射止めました。
まだアロマテラピーや色彩心理といった研究もなかった時代にバラの色や香りの中に人の心を掴む「何か」を見出していたのはさすが賢いクレオパトラ。
クレオパトラ以後の古代世界では、やはり暴君と呼ばれたローマ皇帝ネロがバラの愛好者としては名前を知られているのではないでしょうか?
ネロもバラの歴史には欠くことのできない重要人物です。彼のバラ好きも有名で、そのバラづかいの荒さには、驚きを隠しきれません。
宮廷で開かれた宴会にバラの花弁を雨のように降らせたために、その花弁に埋まった客が窒息死したという話まで残されています。
またネロの妻、ポッパエアの葬儀に使ったバラの香料は、当時ローマ帝国に香料を輸出していたアラビアの年間生産量を超え、葬儀に使った香料の香りは4キロ四方を満たしたというから、まさに財力の限りを尽くしたバラの浪費です。
見目麗しく、香り高いが故のバラの受難といえば良いのでしょうか。
バラの歴史の中で、バラを愛した人は数えきれないほどおりますが、ナポレオン・ボナパルト、つまりナポレオン1世の妻であったジョセフィーヌほど、バラに大きく貢献した人はいません。
彼女はナポレオンに望まれて妻になりますが、結婚してから6年目に、後継ができないからという理由で、あっけなく離婚されてしまいます。
毎日のように彼女に手紙を書いていたナポレオンから、あっけなく捨てられてしまうのです。
でも、そんな彼女に、バラの神は微笑みました。
流石に皇帝の妻であった(そして生涯ナポレオンが愛したと言われています)彼女には、豊かな年金が支払われ、そのお金で彼女がしたのが、荒地のようだった彼女の居城マルメゾン城の庭を「ヨーロッパで最も美しく、興味深い庭園、よき洗練のモデル」にすることだったのです。
巨大な温室を建造し、フランスで初めて栽培することになる200種類以上の植物をプランツハンター達に命じて世界中から集めさせました。なんと植物だけでなく動物もです。
彼女がした仕事で一番素晴らしいのは、お抱えの園芸家に命じてバラの人工交配の技術を完成させたことです。このことによってバラの品種改良が飛躍的に進みました。
彼女の庭園のバラは250種類ものバラが栽培されていました。その中には日本のバラもあったそうです。
当時日本はまだ鎖国でした。伊能忠敬が日本中を歩いていた頃です。
プランツハンターの仕事ぶりの凄さに驚きますね。
さらにジョセフィーヌの仕事で特筆に値するのが、植物画家ルドゥテに一つ一つの花を精密に描かせたことです。
「バラ図譜」と呼ばれるバラの花を描いた植物図譜は、最高傑作と言われています。
また、これは芸術的価値に加えて、植物学上でも貴重な資料として高く評価されることになりました。
ジョゼフィーヌの死後、現代バラの親と言われる「ラ・フランス」が作出されます。
優しいピンクの可愛らしいバラです。この花より以前にあったものをオールド・ローズ、この花以後作出された品種は全てモダン・ローズと呼ばれます。
ナポレオンに離縁された哀しさをバラの香りが癒してくれたと思いたいですね。250種類ものバラが咲き乱れる庭園には、どんなに素晴らしい香りが満ちていたのでしょう。考えただけでもウットリしそうですね。
白に始まり、ピンクや黄色、オレンジ、赤から紫まで、バラの花色は本当に多種多様です。
花弁の表と裏で色が変わるものや縁だけ違う色のもの、緑のバラもあります。
しかし、遺伝学上、どうしても出せない色があります。
それは「青」です。バラには青い色を生み出すための遺伝子がありません。
しかし、サントリーが2004年に遺伝子組み換え技術によってパンジーの青色遺伝子を加えて作出したのがApplause(アプローズ:喝采)という名の青いバラです。
見た目はそれまでの紫のバラのようにも見えますが、青色色素を持っているというところが特別なのです。
最初は「不可能・有り得ない」という後ろ向きな花言葉でしたが、現在では「夢かなう」に変更されています。
バラの呼び名は白バラや赤バラなどその色で呼ばれることがほとんどですが、遺伝子組み換えで本物の青バラが生まれるまでは、紫からグレーに見える花色のものが「青バラ」と呼ばれていました。
また、不思議な呼び名の一つに「黒バラ」というのがあります。現実的にはそれまでのバラには青い遺伝子がなかったので黒というのは作れない色でした。
では何色のバラが「黒バラ」なのか。それは深紅のバラです。ビロードのような花弁を持った深い赤い色のバラを「黒バラ」と呼びます。青の遺伝子がバラに加わったことで、そのうちに本当に黒いバラができるかもしれません。
エッセンシャルオイルというのは、天然の原料からその香りを抽出したものです。
その中でも元々値段が高いものが3つあります。
・オレンジの花から抽出するネロリ
・ジャスミンの花の飛びやすい香りを油に浸して摂る方法のジャスミン
・5トンの花弁から1kgしかとれないローズ・オットー
どれも1mlで¥3000前後します。
香りの女王とも言われるバラの香りには、ネガティブな感情を癒して心を穏やかにしてくれる上に、女性ホルモンのバランスを整えてくれます。さらに女性に特有な月経前症候群や更年期障害も和らげてくれます。
近年の研究の結果によると水蒸気によって採油されるローズ・オットーと呼ばれるバラの精油によってエストロゲン(女性ホルモン)が増加したとの報告もあります。
さらに、ローズ・アルバと呼ばれる白いバラの香りの成分には、高いメラニン抑制効果つまり美白効果があることがわかりました。
香水業界では、バラのエッセンスを香水の「お砂糖」と呼ぶのだそうです。またバラは産地の気候風土に応じて香りのニュアンスが違うと言われています。
主な香水用のバラとしては、ブルガリア産のロサ・ダマスセナ種(ダマスクローズ)と、南仏グラースで栽培されているロサ・センティフォリア(重ねの多い花弁のバラ)があります。
ロサ・ダマスセナは世界的に栽培されていますが、ロサ・センティフォリアの方は、なんとシャネルやディオールのような有名香水ブランドが栽培の方法を引き継いでいて、その栽培方法は秘密なのだそうです。
南仏のどこかに、ひっそりと育てられている素晴らしい香りのバラがあるなんて、ロマンがありますね。